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いずみ食堂は、千葉県木更津市にある昔ながらの焼きそば屋さんです。

電話でのご予約・お問い合わせはTEL.0438-37-0325

〒292-0822 千葉県木更津市桜井518

雑記concept

一見さん・初めての人も大歓迎です

以前、親戚に言われてショックだったこと。「いずみ食堂って、初めて来る人は 中に入りづらい雰囲気・外観だよね。」

当人は全くそういうことを思っていなかったんですけど、お客さんの立場からすると、そのように見えてしまう場合が あるんですね・・・。

確かに、言われてみれば お店の外にはメニューが出ていないので、ぼったくりバーのような雰囲気が出ていると言われても文句は言えず。

また、窓ガラスも透明ではないため、外からは店内の様子を見ることができず。

今すぐの大幅改善はできませんが、何かしら手を打つつもりでいます。常連さんは勿論ですが、一見さん・初めての人も大歓迎ですので、遠慮なさらずに勇気を出して(?)中に入って下さいね。


実はパスタ専門店!?

いつの頃からでしょうか、日本に於いて「スパゲティー」のことを「パスタ」と呼ぶようになったのは。

本来「パスタ」という言葉は小麦粉を主体とした練り物全般を指し、日本語で言うところの「麺類」に該当します。なので、よく日本人が「パスタを食べに行こう」と言うのは「麺類を食べに行こう」という意味になり、変な感じがしますよね。

パスタという言葉が指し示すのはスパゲティーだけに限らず、ラザニアやニョッキのような、細長くない物も含まれます。(更に広義では小麦で作った お菓子も含まれるんだとか)

また、イタリア人から見れば、うどんやラーメンも「パスタ」ということになります。流石に蕎麦は蕎麦粉を使っているため、パスタとは違うのでしょうか。

ですが、この定義に当てはめると、焼きそばも「パスタ」ということになるんですね。密かに当店はパスタ専門店に分類されるようです・・・!?

レンゲ

料理イメージ

ラーメンや炒飯を食べる時に欠かせないレンゲ。今では単に「レンゲ」と呼ぶのが一般的ですが、正式には「散蓮華(ちりれんげ)」と呼びます。

西洋式のスプーンとは また違った形ですが、蓮の花(蓮華)から散った1枚の花びらに似ていることからこの名前が付けられたんだとか。確かに、改めて見比べるとよく似ている気がします。

レンゲの元祖は当然中国なのですが、日本への伝来は平安時代(794年〜1185年)と言われています。

こういった文献を見ていると、よく「平安時代」という言葉が出てきますが・・・400年近く続いた時代なので、もっと具体的な年月日の記述も欲しいところですね。

本来レンゲは陶製なのですが、壊れにくい木製も登場。但し、木製は加工が難しく、それほど普及しなかったんだとか。近代になってプラスチック製や金属製の物が登場し、広く普及することとなりました。

日本では炒飯やラーメンを食べる時は同じレンゲを用いることが多いですが、中国では各料理毎に違う大きさ・形のレンゲを用いるのが一般的。汁物を食べる(飲む)時は深さのあるレンゲを、炒飯を食べるときは浅くて西洋のスプーンに近い形状のレンゲを用いるのが一般的です。


ラーメン 〜歴史その1〜

食材イメージ

本場 中国での誕生が いつ頃なのか、最早 文献から追うことは不可能な状況です。あちこちの文献に登場したり、文献に記載される前から存在していると言われていたり。そのため、ここでは日本に限って歴史を紐解くことにします

日本で初めてラーメンを食べたと言われているのが時代劇でお馴染みの水戸黄門こと、水戸光圀。

黄門様は中国(当時は明)から日本に亡命し、長崎に滞在していた儒学者の朱舜水に教えを請うべく彼のもとを直々にたずね、水戸藩へと迎え入れました。

この時に黄門様は朱舜水をお手製の「うどん」でもてなしています。そして朱舜水はそのお礼として、中国式の「汁そば」を振る舞ったそうです。それが元となり、今日の「日本のラーメン」が生まれた、というのが現在有力な説です。

黄門様の身分階級を超えた人に対する温かい姿勢が、異国の新たな食文化を日本に招き入れた、と言えそうです。黄門様は世直しの旅、だけではなかったんですね。


ラーメン 〜歴史その2〜

食材イメージ

日本に於けるラーメンの名付けには諸説あります。

1つ目は中国語の「好了(ハオ・ラー)」(お待たせいたしました)の「ラー」をとって「ラー麺」となったという説。但し、中国の飲食店では店員が「お待たせしました」と言ってくれることは無いので、この説は弱そうです。

2つ目は中国語の「拉麺(ラ・ミエン)」の発音から「ラーメン」になったという説。

3つ目は中国語(広東語)の「柳麺(ラオミン)」の発音からきているという説。

以上の3説が有力ではありますが、どの由来が正しいのかは明確にされていません。美味しければ何でもいい、ではダメですかね(^_-)ゞ。


ラーメン 〜歴史その3〜

食材イメージ

当店では焼きそばの陰に隠れがちですが、実はラーメンも扱っています。とはいえ、当店の初期メニューに「ラーメン」の文字は ありませんでした。

転機の切っ掛けは社長の妹君。以前、社長の妹夫妻が飲食店を経営しており、そこからラーメンの作り方を伝授してもらいました。

なので、ラーメンに限って言えばここからの暖簾分け、のような形になります。

社長の妹君は既に店をたたんでいるため、ここの味は いずみ食堂が受け継ぎ、皆さんに提供し続けております。


ラーメン 〜本場中国と日本の違い〜

食材イメージ

中国の人が日本に来た際、驚くことの1つ。それは日本のラーメンは手が込んでいて美味しい、ということ。

逆に、私こと陰の支配人が中国に行った際、やはり本場のラーメンを見て驚きました。中国のラーメンは物凄く質素でした。

何でも、本来 中国でラーメンとはお金の無い人が余り物を寄せ集めて作るもの、なんだとか。日本で言うところの お茶漬けやねこまんまのような存在、といったところでしょうか。

そりゃあ、日本人が中国に行って「だしと具材に こだわった ねこまんま専門店!」なんて お店があったら、ビックリしますよね。


焼きそばの歴史

食材イメージ

当店の人気メニューナンバー1は自他共に認める焼きそば。この焼きそばの原型と言われているのが中国の「炒麺(チャオメン)」。炒麺とは、中華麺を炒めて作った料理の総称で、各地方毎に、各家庭毎に様々な種類が あります。日本の中華料理店で見かける「あんかけ焼きそば」も そのうちの1つですが、基本的には醤油味、塩味のものが多いようです。

この炒麺を元に、日本式の焼きそばが生まれたのは終戦直後でした。意外と歴史が浅いのか、それとも長いのか、感じ方は人夫々でしょうか。

終戦後は食糧事情故に小麦粉が なかなか手に入らなかったため、安く手に入ったキャベツや もやし等の野菜を使って全体量を増やし、その形式が今も残っています。

野菜類は水分が多く、焼きそばが薄味になってしまうため、その分を濃い味付け(ソース)で補ったのが現在一般的になっているソース焼きそばの原型と言われています。これを屋台で売ったところ大評判となり、定着したんだとか。焼きそばが今も縁日で一般的になっているのは、こういった歴史的な理由から来ているんですね。

ちなみに、この屋台焼きそばが生まれたのは秋田県横手市。元々お好み焼きの屋台を営んでいた人が、何か新しい料理はできないかと考案したのが焼きそばの始まりとも言われています。(但し、これには諸説あり)

ちなみに日本風の焼きそばには欠かせないソース。日本では単に「ソース」と言った場合は「ウスターソース」を差すことが多いですね。その歴史は19世紀初め頃、英国のウイスター市に住む主婦が考案して誕生し、地名からウスターソースと呼ばれるようになりました。

日本への伝来は江戸時代末期とも明治時代中期とも言われています。明確に記載されている文献によると、日本の醤油会社の社長が英国を訪れた際、ウスターソースを偉く気に入り、新しい醤油として1885年(明治18年)に日本で発売したとのこと。

1974年には、ウスターソース類のJAS規格が制定され、洋食の普及と共に日本の食卓に広まりました。

中国の焼きそばと英国のソースが出会うことにより、日本の焼きそばが誕生。そう考えると、日本の焼きそばって実は国際的な食べ物なんですね。


表に出ている裏メニュー

食材イメージ

当店のメニューに堂々と掲載されているものの、すっかり裏メニューのような存在になっている物。それは「焼きうどん」。


使っている麺が違うだけで、具材も作り方も同じなのですが、如何せん「焼きそば」を前面に出している当店にあって、影が薄くなってしまう点は否めません。

元祖焼きうどんを名乗る点は複数ありますが、発祥の地として有力説なのは福岡県。終戦直後、福岡の とある店にて焼きそばを作ろうとするも、食糧難故に焼きそば用の麺が無く。そこで代用品としてうどんを用いたのが始まり、と言われています。

うどんその物は平安時代(794年〜1185年)に中国から伝わり、庶民の食生活に定着したのが室町時代(1336年〜1573年)頃と言われています。それと比較すると、焼きうどんは割と最近になってから登場、ということになりますね。

焼きそばを沢山注文頂いている当店ですが、たまには焼きうどんと食べ比べてみるのもオツかもしれません。


お持ち帰り

食材イメージ

とは言っても、合コン後の展開ではなく(^_-)ゞ。当店では出前は やっておりませんが、料理のお持ち帰りは承っております。電話で ご注文頂ければ、ご指定の時間に来店後、お持ち帰り頂けます。但し、笑顔のお持ち帰りは店員の一生に対して責任を持ってくれるお方 限定です!

ドライブのお供に、催し事のお供に、是非ご利用下さい。


実はウリの「普通」

食材イメージ

食べログに色々とコメントして下さっている皆さん、お褒めの言葉、ご提案、ご批判、色々とありがとうございます。1つずつに対して都度回答したり、全てを取り入れることができないのですが、貴重な ご意見として いつも参考にしています。(既に いくつかについては採用させて頂いています)

そんなコメントに記載されていたものの1つ「普通の やきそばでした」という内容。はい、そうなんです。実は「普通」というのがウリなんです。

もともとは職人さん達の お腹を満たしてあげる目的で始まった当店。毎日沢山食べてもらう料理、ということで、安心できる・何気ない味を提供することを目指していました。今もその方針に変わりは無く。毎日お越し頂いても飽きの来ない、安心して召し上がって頂ける味を提供しております。

・・・私が書いても説得力が無いので、著名人達の言葉を ここに紹介しますね。

「これらは毎日食べ続けるためには美味しすぎる」(漫画「美味しんぼ」の山岡士郎)

「美味しい物ほど飽きやすい。だから我々は美味い料理を出さない。不味くない物を出す。」(サイゼリヤ代表取締役会長 正垣泰彦氏)

毎日安心して召し上がって頂く。そのために目指すものは皆さん同じなんですね。


かき氷

食材イメージ

当店では夏季限定で かき氷を提供していますが、意外と「夏期」の定義が難しく。近年は立秋をとうに過ぎた9月に入ってからも遠慮無く猛暑が続くので、年々かき氷提供の期間が長くなっている気がします。

かき氷の歴史は意外と古く、史実上の記録としては清少納言の『枕草子』(平安時代中期(996年〜1008年頃)に成立した日本最初の随筆文学)に記載されているものが確認できる最古の物、とされています。もう、1000年以上の歴史が あるんですね。当時、どうやって氷を入手/製造していたのかが気になるところですが・・・。

日本で最初の専門店は枕草子から時を隔てること800年以上、1869年(明治2年)に横浜で開店されました。1930年代(昭和初期頃)に氷削機が普及し、一般化したと言われています。

近年ではフランスのフラッペ(クラッシュドアイスに酒類を注いだ飲料)と混同されがちですが、本来は全くの別物。これら以外でも、主に東南アジアで夫々の国独自の かき氷が愛されています。


名前の由来

いずみ食堂は もともと、職人さん達のご飯を作ってあげることから始まりました。(当時は商売ではなく)

そんな ある日、造船業を営んでいた社長のお兄さんからの提案により、食堂を開業することとなり。

必要な設備を用意し、飲食業店として登録申請をしに行ったのですが、実は社長、この時とんでもない忘れ物をしていました。審査の場で気付いたこと。それは「お店の名前を決めていない・・・!」

焦った社長でしたが、咄嗟に自分の名字から1文字「泉」を使って「いずみ食堂」という名前を考え、今日に到っています。


従業員紹介

ここで いずみ食堂の従業員を紹介致しちゃいます。

◆社長(しゃちょう)
既に還暦を過ぎていますが、今日も現役バリバリで最前線に立ちます。

◆女将(おかみ)
いつも素敵な笑顔で皆さんを歓迎してくれます。

◆姐さん(あねさん)
他にも副業を抱えているため、週末および繁忙期限定で助っ人参戦しています。出会えた貴方はラッキーかも!?

◆名誉会長(めいよかいちょう)
設立時のメンバー。今は空の上から我々を見守ってくれています。

◆陰の支配人
「従業員」とは立場が異なるものの、閣外協力という立場でITおよび広報を担当。


どこそこホテルのレストランのような大御所とは違いますが、こんな家族経営の、街の食堂です。